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Channel: HIGH-HOPES(洋楽ロック)
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アルバム『レッキング・ボール』レビュー。イヴニング・スタンダード誌

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アルバム『レッキング・ボール』のイヴニング・スタンダード誌のレビューです

Bruce Springsteen - The Boss is cross
From: London Evening Standard 2012/02/17
http://www.thisislondon.co.uk/music/article-24036234-bruce-springsteen---the-boss-is-cross.do

スプリングスティーンに何か言うべきことがある時、世界は耳を傾ける。デビューからほとんど40年が経とうとしているニュージャージーの大物であるスプリングスティーンは、今でも注目の的なのだ。昨日、パリのソニーレコーズから特別な試聴会に向けて出発した3台のバスには、デンマークやオーストラリアのような遠方からのジャーナリストも乗っていたことが、そのことを如実に物語っている。来月、行なわれるマドンナの最新作の先行試聴会でさえ、これほどの騒ぎにはなるまい。

シャンゼリゼの傍にあるきらびやかなテアトル・マリニで、62歳のスプリングスティーンの17枚目のアルバムである『レッキング・ボール』はヨーロッパで初めて公開され、スプリングスティーンは初めて、アメリカの現在の経済状況について語った。

「どうしても抵抗したいと思うものがある時ほど、人は最善を尽くそうとするものなんだ」。
アルバムを通しですべて再生した後、彼はジャーナリストたちに向かって言った。
アルバムは、薄暗い中、大音量で流され、映画用のスクリーンには銀行家や金持ち連中についての辛辣な歌詞が映し出されていた。曲は怒りを表していたが、それはスプリングスティーンが音楽界の良心であること、より良き時代を経験していながら、今は混乱に陥っている国家を見守る善良な天使であることを再び思い起こさせるようだ。

ディスカッション(イギリス人の目には奇妙に思えて仕方なかったのだが、4チャンネルでやっているいかがわしい「ユーロトラッシュ」のアントワーヌ・ドゥ・コーヌが司会だった)の話題はすぐに音楽から離れていった。音楽は期待に違わず、壮大でアンセミックだったが、話題の中心はソングライターであるスプリングスティーンの考え方で、オバマの業績や、昨年のノルウェーでの乱射事件に至るまで様々な質問が飛んだ。

労働者階級の声であるスプリングスティーンは、下唇の下のふざけたひげを剃り落とせば、政治的な成功もものにできるだろう。しかし、彼は自分自身の居場所ははっきり分かっていると断言する。
「俺は政治家には絶対なれないよ。そんな技量は持っていない。他のどんな職業にも興味はないし」。

しかし、彼は庶民の思いをどんなプロのスピーチライターにも負けることなく巧みに表現する。スプリングスティーンは自分の楽曲の背後にはいろいろな意図や目的があることを否定しない。
「俺の作品は常に、現実とアメリカンドリームの距離を見定めようとするものであり続けていた。愛国主義は様々な要素から成り立っているから、異なる政治団体がそれぞれに愛国主義を唱導するけれど、俺のは批判的で、用心深くて手堅く、怒りに満ちていることが多い」。

そうした思いは、ニューアルバムからの先行シングルである “We Take Care of Our Own”に最もはっきりと表れている。耳を聾するようなギターと力強いマーチのようなドラムを伴いながら、スプリングスティーンは「俺たちは自分たちの面倒は自分たちで見る/ この旗がどこで翻ろうとも」と繰り返す。

先月リリースされてからというもの、この曲に対する反響は、スプリングスティーンの最大のヒット曲である “Born in the U.S.A.”に対する混乱した反応を想起させる。1984年に発表されたこの曲は、ヴェトナム帰還兵についての苦い歌詞を嬉々として無視する人々には、煽動的な新しい国歌のようなものに聞こえたことで有名だ。


『LAタイムズ』は “We Take Care of Our Own”は「国家の栄華を讃えるものだ」と述べた。しかし、歌詞ではハリケーン・カトリーナに対する国家の遅々とした対応についてあからさまに言及している部分があり(「ショットガンハウスからルイジアナ・スーパードームまで/ どこにも助けはなかった/ 兵士は出動しなかった」)、現実には面倒など見られていないことを示唆している。

スプリングスティーンはステージ上でスツールに腰かけ、曲の意図をはっきりさせた。
「この曲が「俺たちは互いの面倒を見ているか?」という問いを投げかけ、アルバムの残りの部分はそれに答えようとしている。面倒は見られていないことが多い」。

この曲や “Born in the U.S.A.”のように覚えやすく明るいメロディと一見ポジティヴなサビを持った曲は、誤解してくれと言わんばかりではないか、という意見に対して、スプリングスティーンは反論した。
「俺は慎重に、正確に、そして明確に書いているつもりだ。もし俺の言いたいことが伝わらないなら、考えが足りないってことだよ」。
何にせよ、アルバムの他の大半の曲の義憤は誤解しようのないものだ。

“Shackled and Drawn”は楽しげで南部的な雰囲気があるが、そうした陽気さは「道を誤った世界の闇の中をとぼとぼと歩いて行く」ことについての歌詞とは一致しない。「銀行家の丘では今でも豊かでお気楽」と歌うこの曲は、労働者と「賭博師」の対立を描いている。

“Jack of All Trades”は、生き抜くために順応しようとするありふれた人の物語だ。シンプルなピアノのメロディと悲しげなホーンの音が、諦めと怒りを抱えた男の心情を表現する。「銀行家は肥え太り、働く男は痩せ細る/ すべて昔起きたこと/ そしてきっとまた起こるだろう」。曲が進むにつれて男は一層、激高する。「もし銃があればきっとあの野郎どもを見つけ出し、あっという間に撃ち殺すのに」。

“Death to My Hometown”には軍隊っぽい雰囲気がある。勇ましいドラムのパターンに加えてバグパイプの音まで耳にできる。ブルースの過去のどんな曲よりもキャッチーで、これ以上ないというくらい高揚感がある。しかし、その内容は戦争を経験しなかったのに荒廃してしまった町を描いている。「奴らは僕たちの家族や工場を破壊し、遂には家を奪っていった」とスプリングスティーンは歌う。「泥棒貴族を地獄へやってしまえ」。

もしかすると、スプリングスティーンが政治的キャリアに進まないのは、答えを持っていないからなのかもしれない。アルバムの中でも多くは提示されない。しかし、『レッキング・ボール』の後半で、スプリングスティーンは希望を、それもたっぷりの希望を与えようとする。タイトルトラックは感動的な高まりを持った1曲で、中盤でホーンが一気に加わると同時にギターのペースもぐっと速まる。「君の最高の一撃を見せてくれ」。再建に関するこの曲は、オバマ自身に語りかけているようにも思える。

“Rocky Ground”では、スプリングスティーンは教会のオルガンやゴスペルのバッキングボーカルに乗せて聖書的な言葉で歌う。「立ち上がれ、羊飼いよ、立ち上がれ/ お前の羊たちは丘から遠く離れてしまったよ」。

そして奮い立つような “Land of Hope and Dreams”は、今夏、Eストリート・バンドがフットボールスタジアムやフェスティバルで演奏する時には、とても素晴らしいものになるだろう。

コーラスは揺るぎない楽観を思わせる壮大なものだ。「悲しみは、今日かぎりにして置いていこう/ 明日には日の光が射し、この暗闇はすべて過去のものになる」。これは昨年6月に亡くなったクラレンス・クレモンズが参加している唯一の楽曲でもあり、彼の力強い演奏以上の何かがある。
「クラレンスを失うというのは、とても根本的な大切な何かを失うことだ。まるで空気を失うみたいに」。

Eストリート・バンドはツアーには参加するが(クレモンズの甥、ジェイクがサックス奏者の役割を後継する)、これは基本的にはスプリングスティーンのソロアルバムだ。今回新しく起用されたプロデューサーのロン・アニエロはスプリングスティーンが普段と違うことをするようにしばしば促した。

「かなりループの技術を使ったね」と、アルバムでところどころ聞こえる電子ドラムについてスプリングスティーンは言った。キーボードの独特の雰囲気もしばしば表に出て来るし、“Rocky Ground”では短いながらも女性がラップをするパートさえある。しかし、スプリングスティーンは今でもすべての曲をアコースティックギターで書き始めるという。だから長年のファンも安心していていい。

アルバムの最後を飾る “We Are Alive”はシーガー・セッションズ・バンドとの演奏を思い起こさせるフォーク風の雰囲気だ。人々の声として歌うことから更に1歩先へ進んで、スプリングスティーンは蘇った死者たちの視点から歌う。それはカトリシズムが身に染みついていることを明かす彼にしても奇跡のようなことだ。しかし、それでもファンたちは彼がキャッチーな曲以上の何かを再び作り出してくれることを期待し続ける。

人民の大統領というべき彼は再び国に語りかけている。



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